OpenAlex の日本語論文 Topic 分類における問題の発見と改善について
2026年8月25日 iJapan Co., Ltd.
概要
iJapan は、世界最大規模のオープン学術データベース OpenAlex において、日本語論文のトピック分類(Topics)および要旨データに重大な品質問題があることを発見し、OpenAlex 開発チームに報告いたしました。報告を受けた OpenAlex は即日で修正対応を開始しており、IRDB(学術機関リポジトリデータベース)収録の約 250 万件を含む日本語論文のメタデータ品質が大幅に改善される見込みです。
本記事では、発見した 2 つの問題の内容と、現在の改善状況についてご報告いたします。
問題 1:日本語論文の 81% が「軍事技術」に誤分類
発見の経緯
OpenAlex は 2024 年に Topics 機能を導入し、4,516 のトピックを 4 つのドメイン → 26 フィールド → 252 サブフィールドの階層構造で整理しています。各論文には最大 3 件の Topic が自動付与され、研究動向の把握や関連論文の発見に活用されています。
しかし、iJapan が IRDB 収録論文の Topic 付与状況を調査したところ、日本語論文 1,266 万件のうち 81.1%(1,027 万件)が「Military Technology and Strategies」(軍事技術と戦略)という単一のトピックに分類されていることが判明しました。医学論文、教育学論文、文学研究など、分野を問わず大量の論文が軍事技術に分類されている異常な状態でした。
| 言語 | OpenAlex 収録数 | 「軍事技術」に分類 | 割合 |
| 日本語 | 12,661,330 | 10,269,155 | 81.10% |
| 中国語 | – | 3,948,666 | – |
| 韓国語 | – | 2,080,784 | – |
| 非英語全体 | – | 20,359,159 | – |
| 英語 | – | 172,427 | – |
この問題は日本語だけでなく、中国語・韓国語・アラビア語など非ラテン文字を使用するすべての言語に影響しており、全世界で 2,000 万件以上の論文が影響を受けていると推定されます。
原因
OpenAlex のトピック分類モデルは mBERT(bert-base-multilingual-cased) をベースとしており、日本語を含む 104 言語に対応したモデルです。しかし、分類器の前処理コード(predictor.py)において、日本語・中国語・韓国語などの非ラテン文字を入力から除去する処理が含まれていました。
この前処理により、日本語のみで書かれたタイトルや要旨はモデルに空文字列として渡され、意味のある分類ができない状態でした。モデル自体は多言語対応であるにもかかわらず、前処理がその能力を無効化していたことになります。
改善状況
iJapan からの報告を受け、OpenAlex の CTO である Casey Falk 氏は報告当日に修正を実施。CJK 文字群(日本語・中国語・韓国語)を除去対象から外す変更を行い、10,000 件の IRDB 論文でテスト実行を行いました。
テスト結果は以下の通りです。
| 指標 | 修正前 | 修正後 |
| 「軍事技術」に分類 | 100% | 0% |
| 分類信頼度スコア(平均) | 0.018 | 0.219(約 12 倍) |
| 高信頼度の分類(スコア > 0.5) | 0 件 | 1,019 件(10.2%) |
高信頼度で分類された論文の例を示します。
| 論文タイトル | 修正前のトピック | 修正後のトピック | スコア |
| PrP(プリオンタンパク質)ペプチドの凝集とその細胞傷害性 | Military Technology | Prion Diseases and Protein Misfolding | 0.999 |
| 平行二線式ワイヤレス給電における受電電力安定化 | Military Technology | Wireless Power Transfer Systems | 0.995 |
| 雷雲内部の放電機構 | Military Technology | Lightning and Electromagnetic Phenomena | 0.986 |
| 顎骨囊胞521症例の臨床的検討 | Military Technology |
Oral and Maxillofacial Pathology |
0.985 |
OpenAlex は現在、IRDB 全件(約 250 万件)への修正適用を準備中です。
問題 2:リポジトリ説明文が論文の要旨に混入
発見の経緯
Topic 分類の調査を進める中で、もう 1 つの品質問題を発見しました。機関リポジトリのサイト説明文が、個別の論文の要旨(abstract)フィールドに格納されているという問題です。
例えば、東京大学リポジトリ(UTokyo Repository)に収録されている地震学の論文の要旨が、以下のテキストに置き換えられていました。
> “UTokyo Repositoryは本学で生産されたさまざまな学術成果を電子的形態で集中的に蓄積・保存し、世界に発信することを目的としたインターネット上の発信拠点です。”
これは論文の要旨ではなく、東京大学リポジトリの「サイト紹介文」です。東京大学リポジトリだけで約 48,000 件、国立民族学博物館リポジトリで約 1,900 件、その他の機関を含めると推定 50,000 件以上が影響を受けていました。
原因
この問題には、リポジトリソフトウェア側と OpenAlex 側の双方に原因がありました。
リポジトリ側(WEKO3):
– 論文ページの HTML に <meta name=”citation_abstract”> タグ(Google Scholar 等が要旨取得に使用)を出力していない
– <meta name=”description”> にサイト共通のリポジトリ紹介文を設定している
– ただし、OAI-PMH メタデータには正しい要旨が含まれている
OpenAlex 側:
– citation_abstract タグがない場合に <meta name=”description”> をフォールバックとして要旨に採用
– OAI-PMH で取得済みの正しい要旨を優先的に使用していない
改善状況
iJapan からの報告を受け、OpenAlex は以下の 3 つの修正を内部的に開始しました。
1. <meta name=”description”> フォールバックの修正 — サイト共通のテキストを要旨として取り込まないようにする
2. 既存データの修復 — OAI-PMH から取得済みの正しい要旨で、汚染された要旨を上書き修復
3. 重複要旨検出器の追加 — 同一テキストが多数の論文に要旨として付与される異常を自動検出
また、NII(国立情報学研究所)に対しても、WEKO3 への <meta name=”citation_abstract”> タグ出力追加を要望しており、リポジトリ側からの改善も並行して進める予定です。
図書館・研究機関への影響
これらの問題の修正は、日本の学術情報基盤に以下の改善をもたらします。
– ディスカバリサービスの品質向上 — OpenAlex の Topics データを利用した論文検索・推薦システムの精度が向上
– 研究動向分析の信頼性向上 — 日本語論文の分野別分析が実態に即した結果を返すように
– 機関リポジトリの可視性向上 — 適切なトピックが付与されることで、IRDB 収録論文が分野検索で発見されやすくなる
– 要旨データの正確性向上 — 約 50,000 件の要旨が正しいデータに修復される
OpenAlex は月間 4 億件以上のアクセスがある世界最大のオープン学術データベースであり、多くの図書館システムやディスカバリサービスがそのデータを利用しています。今回の修正は、日本の学術成果の国際的な可視性を大きく改善するものです。
iJapan の取り組み
iJapan は、日本の学術情報の国際的な流通と可視性向上を支援しております。今回の OpenAlex 改善においては、以下の貢献を行いました。
– 問題の発見と根本原因の特定
– 公式分類モデルの再現実験による検証(1,000 件サンプル、5 手法の比較)
– OpenAlex 開発チームへのバグ報告と修正提案
– 検証コード・データの公開(GitHub リポジトリ)
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